2015年10月19日

短めに。『屍者の帝国』を観てきた。原作は既読。思っていたより伊藤計劃作品を映像化するのは難しいようで、ロンドン塔のシーンは音圧とエフェクトで押し切ろうとする有様。伊藤計劃の作品がそもそも言語に重きを置いている割には修辞で逃げ切ろうとする節はあるので、ダメなところをごった煮にして説明省いたら、ウジウジした科学者が世界を救っちゃうんだぜアニメになるのは必至なのであった。もう「他人に理解してもらうってなんだろう?」を哲学やSFガジェットで誤魔化しとけば意味深で高尚なアニメになる時代でもなかろうよ。原作はここまでひどくなかった気もするが、読んだのが3年も前なのでほとんど覚えていない。そして良くも悪くも上記の問題意識を問い続けようとしている『ハーモニー』はもっと酷いことになるのではないかと今から恐れてる。

2015年10月12日

ふとパソコンを開くとなにか書いてみようと思うことがある。なにも書くことなんかないわけだが、とりあえずSNSを開いてみるとフェイスブックでもツイッターでもないなと思う。だからブログなのかというとこれもいくらか長文が書けるからマシというだけで、特別思い入れがあるわけでもない。だからといって日記をつける甲斐性もない。誰にも読まれない文章を書くのもアホらしく思ってしまう。じゃあお前どうしたいのと問われると能動的に書く理由なんてなにもないわけ。書評でもしたいんだけどそれは面倒というかそれこそ誰にも見られたくない。

と、ここまで書いてみて暇つぶしに買った『小説の読み方、書き方、訳し方』で高橋源一郎中原昌也二葉亭四迷と並べて褒めてたのを思い出した。以下引用。

二葉亭四迷の作品でも「おれは書くことがない」と言ったあとに、なんの脈絡もなく犬の話を書いている。そして、それがすごく面白い。犬という対象に溺れたりしないで、溺れている自分を客観的に見るとか、本当のことは誰も言っていないという視点が書いているものすべてに入っているんですね。中原くんもそうだと思うんです。文学という狭い世界の話ではなくて、世界全体がそういうふうに見えてしまう、その目が僕は面白いと思うんです。 

 だそうだ。切り売りできる自分がある人はいいなと思うんだけど、大抵の人間はなにも書くことねえとくだを巻いてるわけじゃないのか。「犬がクソした」とか「今、僕はユーチューブで『とらドラ!』のOPを聞いています」とかどうでもよすぎる。そういうどうでもいい「書くこと」がない生活に執着して、面白おかしく書いてしまう頭のおかしい人に、好奇心旺盛な現代人はお金をペイしてニヤニヤしてるのだ。幸か不幸かこの駄文には誰も金を払ってくれないので「本当になにも書くことないです」と声を大にして言えるのだが。もうだんだん「書くことがない」から「書きたくない」に変わってきたのでやめる。できればつまらない人にもお金を恵んでください…。

2015年9月26日

仕事の関係上花に接することが多くなってる。ワタクシ恥ずかしながら生まれてから彼女を持ったことがない。また若いので冠婚葬祭も少なくとにかく花に接することがない。母の日といってもカーネーションを送ることもなく、自分の好きなものを買って好き放題してきた、と青くさく振り返る。そんな青二才が花である。

まず価値観がわからない。女性という旧来の観念をぶっ壊そうとする人にはツバを吐きかけられるかもしれないが、花といえば女が買うもんだ。せいぜい男が花に興味を持つなら気障な優男が贈り物に…というのをせせら笑う固茹で卵を自称してきたのだから。綺麗といっても腹の足しにもならんし、心のやすらぎ求めるならばペットでよかろうもんというくらい朴念仁。ノヴァーリスも女だと思ってた。

と、こんな私が今日花をもらってきた。白いやつだった。ユリというらしい。まあとにかく葉っぱが多い。葉っぱをほったらかしにしておくと栄養が吸い取られて花弁が開かないらしく、ごじらをみる前にパチパチと葉っぱを切っていく。これがわりと面白い。黙々と作業に集中できるし、もらいものだし観賞用だし金に頭を下げてる感じもないので脅迫感がない。茎を傷つけないように慎重にパチパチ。「女を脱がすのはこんな感覚なのかな、ゲヘヘ…」と童貞のスケベゴコロが乱れ咲く。そんなこんなで見てくれはマシになったのだが肝心の花瓶がない。それは明日買いに行くとして、水を与えねばしおれてしまう。とりあえず湯船に水を張って風呂いすの真ん中に突っ込んでおいたら、帰宅途中は元気の足りなかった葉っぱにハリが戻ってきた。これがまた嬉しい。尽くせば尽くすだけ応えてくれるわけだ。繰り返すが金もかかってない。じいさんばあさんが老後にプランター菜園を始める気持ちがよく分かる。二人で育む愛の花園ってわけだ。極めてプラトニック。旦那が働き詰めて、子どもは都会に…。あかぎれまみれの手を見つめた40年。ばあさんようやく花を育てるゆとりができた。生活のゆとりが心のゆとりに。にっくき旦那と額に汗かき家庭菜園。荒んだ家庭に再び愛も芽生えよう。

ほんの15分ほどの作業で老後のことまで考えてしまうくらい花は面白い。私もまずはおなごに花を送って求婚をすることにした。ライフイベントに一つ、花束をば。

2015年7月19日

ブログ等を徘徊していたら久々になにか書いてみたいと思ったのだが、特に書きたいこともないので「近況:なにもありません」と書いて寝ることにする。

最近タイトル買いした本が『ヴァイキングの経済学』の私の近況報告でした。

2015年4月11日

バッティングセンターでストレス解消。
『重力の虹』を読み始めた。あとは『虹ヵ原 ホログラフ』をブックオフで買ったのでサクッと読んだ。時系列が唐突に入れ替わったりするところが『ストロボライト』に似ていて割と面白かったかも。でも後者の方がもっと上手くまとまってる気もするし、「胡蝶の夢」って今更(連載当時2006年だが)だよなあ、ゼロ年代エロゲかよとも思う。『PSYCHE』なんかも同じテーマでやってた。現実/非現実、正気/狂気みたいな。『虹ヵ原 ホログラフ』はだいたいみんな狂っててそこは好感。変に自己言及し始めると安っぽいスキゾ/パラノに落ち着くから、それならピンチョン読むわという気分にしかならない。蝶々のイメージがだんだん増えていくところもよかった。『おやすみプンプン』は意味のわからないイメージが出てきて、そういうのを「シュルレアリスム」と言いたいならそれでもいいけどサブカルバンドのPVとかジャケにしか見えなかったので俺は新鮮さ感じなかったかな。
以上。明日は早いので寝る。