来た、見た、作った

ブログを久々に再開してみた。

特に発信することもないけど一日のまとめに使おうかなと思ってます。

 

今日は卒論について。

哲学科に在籍しておりますので、最近流行り(?)の動物の倫理を扱っています。シンガーとかリーガンが主なところなんでしょうけど、個人的にあまり面白くないので、コーラ・ダイアモンドとか文学者ですがJ・M・クッツェーの『動物のいのち』から動物と人間の関係について書きはじめました。

 

“動物のいのち”と哲学

“動物のいのち”と哲学

 

 

 

動物のいのち

動物のいのち

 

 特に面白い論点を提供できるわけでもないので、とにかく書き上げることが今のところの目標です。

自分の頭の整理のために要約もちょこっと書き起こしてみたいと思います。

まず、動物が哲学史でどういうふうに扱われてきたかなどはエピステモロジーの金森修がわかりやすい新書を書いているのでそちらをご参考に。

 

動物に魂はあるのか 生命を見つめる哲学 (中公新書)

動物に魂はあるのか 生命を見つめる哲学 (中公新書)

 

 現代ではだいたい1975年にピーター・シンガーが発表した『動物の解放』から議論がはじまります。

 

動物の解放 改訂版

動物の解放 改訂版

 

 『動物の解放』では主に畜産動物や実験動物について配慮を広げるべきだという主張がこれでもかというくらいに繰り返されるわけです。ちなみにシンガーの立場は選好功利主義者だといわれます。同じく功利主義者ベンサ(タ)ム(どっちでもよろしい…)から快/苦を感じるか否かを配慮の対象とすべきだという主張を採用しました。そこから畜産や実験は動物に大きな苦痛を与えているため打倒すべきであると結論づけました。畜産や実験を打倒するためには必然的にベジタリアンになるべきだという主張とともに。

ところで、1960年代後半~1970年代といえば人権運動が盛んだったようです。キング牧師やらフェミやらクィアやら、まあ少し興味があれば、現代でもいわゆる文化左翼の皆さんがよく研究対象としてとりあげる領域の権利運動が盛んだったことがわかるでしょう。

シンガーはその延長で動物の倫理について発言をはじめたようです。ただ、シンガーは権利という言葉には非常に慎重に距離をとったようなのですが…。

 

僕が最近読んでいるダイアモンドは権利運動の延長に動物の倫理を位置づけることを批判しています。例えば、『動物の権利』に収録されている「肉食と人食」という論文では1978年の時点で、シンガーの論理を批判しています。彼女はベジタリアンなのですが、同じくベジタリアンのシンガーが採る立場というのは「死者を食べないという事実を見逃している」から駄目なんだと言い切っています。

 

動物の権利

動物の権利

 

 

というのも、例えば牛や豚が死んでいたとして、シンガーの論理でいけば畜産を経由していないのならば食べてもいいことになるからだそうです。そこで彼女はウォルター・デ・ラ・メアの詩を引用してまず、同胞として動物を扱おうと主張しています。人間的な生から動物を理解しましょう、というわけでしょうか。

ただ、この論理(?)だと共感できないんで食べますということもできるとは思うんですね。伊勢田哲治も指摘していますが、シンガーの倫理というのは価値論から普遍的主張が導き出せることに強みがあったわけですから、結局価値論を想像力で補うことは難しいと思います。

そこで、『〈動物のいのち〉と哲学』に収録されているダイアモンドの「現実のむずかしさと哲学のむずかしさ」からもう少し強度のある主張を取り出したいのですが今日はこれ以上文字打つのしんどいのでやめます。