2015年9月26日

仕事の関係上花に接することが多くなってる。ワタクシ恥ずかしながら生まれてから彼女を持ったことがない。また若いので冠婚葬祭も少なくとにかく花に接することがない。母の日といってもカーネーションを送ることもなく、自分の好きなものを買って好き放題してきた、と青くさく振り返る。そんな青二才が花である。

まず価値観がわからない。女性という旧来の観念をぶっ壊そうとする人にはツバを吐きかけられるかもしれないが、花といえば女が買うもんだ。せいぜい男が花に興味を持つなら気障な優男が贈り物に…というのをせせら笑う固茹で卵を自称してきたのだから。綺麗といっても腹の足しにもならんし、心のやすらぎ求めるならばペットでよかろうもんというくらい朴念仁。ノヴァーリスも女だと思ってた。

と、こんな私が今日花をもらってきた。白いやつだった。ユリというらしい。まあとにかく葉っぱが多い。葉っぱをほったらかしにしておくと栄養が吸い取られて花弁が開かないらしく、ごじらをみる前にパチパチと葉っぱを切っていく。これがわりと面白い。黙々と作業に集中できるし、もらいものだし観賞用だし金に頭を下げてる感じもないので脅迫感がない。茎を傷つけないように慎重にパチパチ。「女を脱がすのはこんな感覚なのかな、ゲヘヘ…」と童貞のスケベゴコロが乱れ咲く。そんなこんなで見てくれはマシになったのだが肝心の花瓶がない。それは明日買いに行くとして、水を与えねばしおれてしまう。とりあえず湯船に水を張って風呂いすの真ん中に突っ込んでおいたら、帰宅途中は元気の足りなかった葉っぱにハリが戻ってきた。これがまた嬉しい。尽くせば尽くすだけ応えてくれるわけだ。繰り返すが金もかかってない。じいさんばあさんが老後にプランター菜園を始める気持ちがよく分かる。二人で育む愛の花園ってわけだ。極めてプラトニック。旦那が働き詰めて、子どもは都会に…。あかぎれまみれの手を見つめた40年。ばあさんようやく花を育てるゆとりができた。生活のゆとりが心のゆとりに。にっくき旦那と額に汗かき家庭菜園。荒んだ家庭に再び愛も芽生えよう。

ほんの15分ほどの作業で老後のことまで考えてしまうくらい花は面白い。私もまずはおなごに花を送って求婚をすることにした。ライフイベントに一つ、花束をば。