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2016年2月21日

パンティストッキングのような空の下』、『シオリエクスペリエンス 1~5巻』、『ラストメンヘラー』を読んだ。

全部、青春もの。俺はバカなのでストレートなメッセージにベタに感動してしまう。『シオリエクスペリエンス』が一番良かった。

バンドものはやっぱ面白い。『キラ☆キラ』、『ロッキン・ホース・バレリーナ』、『BLUE GIANT』等々…。蛸壺屋もだ。なぜ面白いか。読者である自分の挫折に何か大層な理由が出来たような気がするからだ。だいたいはどうでもいい理由で楽器を手放す。飽きた、バンドを組める知り合いがいない、仕事が忙しい、新たな趣味ができた、彼女が音楽嫌い、手を怪我した等々…。大抵はなんの起伏もない――「なんとなく」の域を出ない放棄だろう。ただ、世間様に同意が得られる理由がほしい…。そこで物語の出番だ。

物語の登場人物は懊悩する。いい音が出ない→仲間と衝突→自己鍛錬→ライブで成功…。金にだらしなくてもいい。なぜならバンドマンだから。女にも、酒にも、クスリにも…。だらしなさはあらゆる面で肯定されてしまう。なぜならバンドマンだから。いい音楽ができればそれでオッケー。俺はバンドマンだぞ。物語の主人公と自分は一致する。

そして物語のバンドマンは挫折のち栄光を手に入れた後、それぞれはミュージシャンに、会社員に、ヤク中に、奥さんに、フリーターに活躍の場を移す。放棄は安定した生活の維持というお題目に、自らの不遇はヌルい小さな幸せ(子ども、自分が育てたバンド等々…)にすり換えられる。全部が全部肯定される。

『シオリエクスペリエンス』はまだまだそんなところまで描きはしない。今のところ、読者に与える自己肯定感を(控えめに)含めた青春を描くことで、ただ、音楽に対して各々が持つエモい部分だけを抽出して描いている。「こんな音を出したい」。そんな口にだすのもはばかられるような青臭い感情。たぶんバンドをやったことのある人間が紛いなりにも悩んだ経験が描かれている。

大分に就活しにいったとき、仲良くなった運ちゃんがフェリーの喫煙室で熱く語ってくれたバンドを辞めた理由は「俺が思ってた声が出なかった」だった。別に、自分がプロになれるなんて大抵の人間は思っていない。でも、そこに行こうとしてたんだと虚勢を張る人間を誰が馬鹿にできるのか。「青臭さ抜きの人間はどうも胡散臭い」と思う――明日会社に行きたくない会社員だった。