2016年8月11日

子どもの頃、盆の時期は当事者じゃないけれども、よくわからないところで祭りのような雰囲気が広がっていて、年寄りが年寄りらしさをより増す時期だと思っていた。祖父母の家に行くと、普段あまり意識しない仏壇にこんもりと菓子が盛られていて、気付けば車に乗って遠い墓に連れられていた。楽しい思い出では断じてないので、ふわふわとした曖昧な記憶が、一体、何歳の頃なのかもわからないような漠然とした時間の思い出が、かすかに残っている行事の一つだと思う。

スケラッコの『盆の国』はそんな風景、時間を上手く描いたマンガだった。

送り火の前日、15日を何度も繰り返す時間の中でおしょらいさん(=ご先祖様)が見える少女(秋)が青年(夏夫)と出会って冒険をする、と書けばよくあるボーイミーツガール。この作品のミソはお盆をテーマにしているということ。ご先祖様が帰ってくるので、常世(=あの世)と浮世(=この世)の境界が曖昧になる季節なのだ。

終わらない15日におしょらいさんが溢れかえって、死者と生者=常世と浮世の区別がつかなくなる。後半の筋はよくあるもので、とにかく元の世界に戻すためにご先祖様をあの世に送り返す。

ストーリーの筋を追っていけばなんてことはないお盆をテーマにした少女の成長物語てな塩梅なのだが、絵柄や突然挿入される夏らしいイベントが心地よい。

例えば、このタイムリープの元凶となったであろう霊が住むお屋敷のシーンはザ・マンガっぽくて良い。おそらく筆ペンで描いた霊や、突如描かれる花火のシーンなど…おぼろげで断片的な記憶を上手く捉えていると思う。

冒険、気だるい暑さ、蝉の鳴き声、夕立、花火などなど、誰もが体験したことのある風景が描かれているのに、まるで自分が当事者ではないかところで盛り上がっている雰囲気を思い出させてくれる作品だった。

なにせ暦上は「立秋」。季節の変わり目に当たる時期なのだ。ゲリラ豪雨とか猛暑とか連日報道がある中では季節感もクソもないのだが。